爽やかな風が、吹いていた。
丘の上。大きく枝を広げた広葉樹の根元。
さやさやと葉ずれの音。
小さな隙き間から差し漏れる、初夏の太陽の陽射し。
ひとつひとつが小さな太陽のようで、剥き出しの腕がちりちりするような感覚を覚える。
広く街道を見渡せ、しかも街道からはこちらが見えない。
空は一片の雲もなく、お天気の心配も、何かが起こるのではないかという淡い期待にも似た不安もなかった。
何も考えず。
頭を空っぽにして、手足を広げて昼寝を貪るのは幸せだった。
熟睡しているつもりなのに、どこか頭の隅が起きていて、この瞬間が幸せだと感じている。葉ずれの音も、小さな陽射しも、ちゃんと感じている。
誰も突然現れたりしない。
急に天候が変わったりもしない。
世界は平和そのもので、あたしは心も身体も大きく伸びをし、この場所で昼寝を始めたのだった。
あたしの隣には、生まれたばかりの赤ん坊の身長くらい、背の高さが違う男性が長々と寝転んでいるはずだった。
年の頃は二十歳すぎ。端正な顔と、黄金色の髪、ぽっかりと晴れた空のような青い瞳の彼は、その上、超がつくほどのずば抜けた剣士だった。しかも伝説の勇者の子孫で、今は失ってしまったが、その伝説の武器も持っていたのだ。
・・・だが。
あたしはふと、思う時があるのだ。
もし、彼がその言葉通りの人間で。他の説明がなかっとしたら。
・・・おそらく、一緒に旅を続けてはいなかっただろう、と。
事態は複雑を極め、考えなければ一歩も進めないほど入り組んだ迷路の中。辿り着いてみれば呆れてものが言えないほど、単純で自己中心的な欲望が形を取っただけとわかる。
間にどんなに大きな犠牲を払ったかなどと思い悩むのは、その残酷な結果を見てきた側の人間しかいないのだ。
・・・そんな時。
彼の一言が、すっかり全部とは行かないが、ほんの少しでも。肩にかかった重みを軽くしてくれる。
そんなことが、何度もあった。
複雑に複雑に考えて行く自分と違い、彼は彼なりの論理で、ギザギザの道も真直ぐな道に見通してしまうのだ。時には皮肉に羨むようなその才能が、救いになることもある。
・・・もしかして。
世界は、意外にシンプルなのかも知れない。この男の頭の中身と同じように。
隣にこの男が寝ていても、あたしは何の心配もしていなかった。
ふと、隣で動く気配がした。ガウリイが起き上がったような気がした。
あたしはふわふわと眠りの淵を彷徨っており、全てはぬるま湯のような夢の成せる業だったかも知れない。
だが確かに、ガウリイが髪を撫でたような感覚があったのだ。
ふわふわ。
それは夢のように。
ふわふわ。
それは陽の匂いのする柔らかな髪のように。
ふわふわ。
それは浮き上がる身体のように。
何度も何度も、通り過ぎていく優しい手。
起きている時なら。
髪がボサボサになるでしょっ。とか。子供じゃないんだからヤメテ。とか。
怒るか、払うかしていたかも知れない。
だが、幸せな昼寝のまさに真っ最中の自分は。
まるでいつものガウリイのように。物事をただ単純に受け止めていた。
頭を撫でられるって、くすぐったくて。でも、嬉しくて。
もしかすると、眠っている自分の顔は。にこにこと笑っているかも知れなかった。
たぶん、それは真実なのだろう。
合わせたようにガウリイが口を開いたからだ。
「・・・・リナ・・・・・。」
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