「夕陽の魔力」
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 子供だ子供だと。口にするのは。
 本当にそう思っているから?
 それとも。
 そう思おうとしているから?
  
 天高く昇った陽が、かなり傾いてきた頃。オレの腕にうず高く積まれた荷物の上に最後の小箱を一つ乗せると、道具屋のじいさんは首を振り振りこう言った。
 「それにしてもあの嬢ちゃん、大した娘だねえ。」
 「へっ?」
 「うちでこんなに値切って行ったのはあの娘が初めてだよ。」
 「はあ。」
 「いやあ、大したもんだ。確かにこっちゃ大損だが。なんていうか、あそこまですかっと値切られちまうと、返ってすがすがしいやね。」
 「ええと………。」
 「まあそんなもんだ。今日はいい勉強させてもらったよ。あんた、これ持ってあの嬢ちゃんを追いかけるんだろ。よろしく伝えておくれ。」
 「はあ。」
 値切られてすがすがしいなんて言われたのは、オレも初めてだった。

 今日の昼頃、ぶらりとこの店を訪れたリナは、オレそっちのけで店のじいさんと話に興じ、結局のところ、自分の欲しかったものをかなりの金額で割引かせることに成功したのだ。
 ちなみに、店に来てから数時間が経過していることは言うまでもない。交渉が終わると、荷物はオレに任せて、自分はさっさと次の店に買い物に行っちまった。……………やれやれ。
 
 「見たところ、あんたはあの嬢ちゃんの………」
 「保護者だ。一応だけどな。」
 「一応………ほほう、なるほど。」
 じいさんが長いヒゲを撫でつつ、訳知り顔に頷いたので、オレは思わず聞き返してしまった。
 「なるほどって………。どういう意味だ?」
 「だから、なるほどと。」
 「い、いや、だから?」
 「だから、なるほど、と。納得した訳じゃわい。」
 「い、いや、そうじゃなくて………。」
 「ほっほっほ。要するに、本当の保護者ではないが、保護者役を買って出てると言ったところじゃろう。」
 「まあ………そういうことだけど………。」
 初めからそう言ってくれればいいのに………。リナの長時間の買い物につきあった後に、この会話はかなり心身にこたえるぞ。
 「確かに背もちびっとばかしちっこくて、ムネもちびっとばかりちっこい、見かけはおきゃんな女の子に見えたが。」
 じいさんが、人さし指と親指を開いて、ちっこいを連発する。
 リナがこの場所にいなくてよかったと、オレは心底思った。ほっ。
 「保護者のいる年かも知れんが、いっぱしにやって行けそうな根性の座った娘じゃったぞい。」
 どうやらじいさんは、リナが気に入っちまったらしい。珍しいこともあるもんだ。
 「まあ、確かに根性は座ってるが………。いろいろ事情があってね。なんとなく、オレが保護者ってことになっちまったのさ。」
 そうだ。最初は、半分冗談のつもりで。それがいつのまにか、定着しちまってただけだった。
 「メチャするやつでね。」
 「それは言わんでもわかっとる。」
 オレが肩をすくめて、仕方のないヤツだとばかりに言うと、じいさんは片手を振ってあっさりと受け流した。
 「どうやらお前さんは剣士で、魔道にはとんと興味がなさそうじゃが。あの嬢ちゃんが買った品物はどれも一級品、しかもレアアイテムじゃ。かけだしの魔道士なんぞには見せてもさっぱりわからんほどに、マニアックな品物なのじゃよ。」
 そう言ってにやりと笑ったじいさんは、はるかにしゃんとして見えた。
 「どうせ誰も気づくまいと、棚の奥の方に隠しておいたのじゃが。一発で見破られた時は、すぐにこの嬢ちゃんはただ者じゃないと、わしにはわかったぞい。」
 「へええ…………。そんなにすごいもんなんだ。これ。」
 オレはまじまじと、自分の腕の中にあるものを見た。どれも黴くさくて、埃だらけのガラクタにしか思えなかったが。
 そうか。そんなに凄いのか。
 「こんなアイテムを使う魔道士なぞ、そんじょそこらにゃおらんよ。よっぽど高位の魔道士か、かなりの研究を重ねた魔道士だけじゃ。あの嬢ちゃんの年でそこまで極めたとなると、それこそ嬢ちゃんはただ者じゃないということになる。」
 「へえ………。」
 
 初対面のじいさんが、リナについてオレの知らないことを話している。
 今までの旅でも似たようなことはあったが、その度にオレはいつも驚かされることになる。自分が、どんなヤツと一緒にいるのかを。
 それはまるで、いつも前を向いてばかりいる、リナの横顔を覗くようなものだった。


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